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故郷を語るblog
平成の合併によって故郷の情報が薄れて行きますね。 ポチッと懐かしい故郷の情報や何もない日々の事を適当に綴ります。 ............................... ***コメントは内容を確認後 必要分のみ公開します。****あしからず。
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皆さんは見ましたか

先日12日の夜 フジTV 「戦場のメロディ」を録画していたのを今日 iyo奥さんと見ながら涙しました。
(↑の予告動画スポット ぜひクリックしてみてください)

終戦後数年(昭和27年1952年)に渡部はま子(薬師丸ひろ子演じる)は
フィリピンの刑務所で元日本兵の一斉処刑を知らされ
戦争の悲劇が生んだ「戦犯」、モンテンルパの元日本兵の解放を求めて活動した実話である。 




それも、彼らの多くが、証人として名乗り出たフィリピン人に「コイツが犯人だ」と指さされ、
事実関係を調べることも無く有罪、死刑となったというのだ。

日本政府が手を差し伸べることなく、フィリピンのモンテンルパの刑務所に戦犯として死刑囚となった元日本兵が108人も投獄されていた。


日本本土では、そんな彼らについてほとんどが知らされておらず
復員局の植木さんが一人で調べ上げた囚人たちの名簿「命のリスト」だけであった。

祖国のために戦い、その末に祖国に見捨てられた男たち・・・・。
たった10センチほどの新聞記事でしか取り上げられなかった声無き14人の死。

戦争の醜さを痛感しつつ・・・涙・涙・・・・・・・・・・・・・。

全くの素人であるモンテンルパの元日本兵(作詩 代田銀太郎  作曲 伊藤正康)さんがモンテンルパの刑務所で作った
「あゝモンテンルパの夜は更けて」

二度と繰り返して欲しくない・・・・・・・・・・・・戦争である。

DVDに保存しておこうと思います。

昨今の薬物乱用の某芸能人に渡部はま子さんの爪の垢でも飲ませたいけど無理だろうね




渡部はま子 .

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